ヒッコリーと、亀田縞と、私と、



 

私は今、ヒッコリー代表の迫さんから「ヒッコリーと亀田縞に寄せて、亀田縞にまつわるエッセイを書いてほしい」と任されて、この文章を書いている。
書いている、ところだが。難しい。すごく難しい。
お店の合間を見て、パソコンを開いたテーブルの前に座ってみる。私は困っていた。亀田縞の何について、どんなふうにエッセイにしたら良いだろうか。伝えたいことは色々あるはずなのに、言葉が喉につかえたように思うように書けない。まずは一文字でも起こしてみないと進むものも進まない、とテキストファイルの新規書類作成ボタンを押し、真っ白なテキスト画面に「ヒッコリーと亀田縞と、」と打ってみる。ヒッコリーと、亀田縞と。私はたらたらと汗をかいた。
いざ漕ぎ出してみたものの、この船はどこへ向かっている?
かつて亀田縞が生まれた亀田地区は、地図には載っていない大きな湖のような農地だったため、 キッツォと呼ばれる小舟で深田を移動し、腰まで冷たい泥水に浸かる過酷な環境下で稲作をして いたという。だからこそ、乾きやすくて丈夫な亀田縞の生地が生まれるに至った。
今の私も、亀田縞に向かって手を伸ばしているのになかなか手繰り寄せられず、重たい泥に足を取られて上手く動けない。そんな状態だ。
どうしよう、何を書こう、と悩んでいる間になんてこと、パソコンまで壊れてしまった。ああ、なんたってこんな大事な時に…。何度か修理に出しながら延命させてきたパソコンが、突然前触れもなく、液晶画面の表示が乱れてとても操作できる状態ではなくなった。皮肉にも、縦方向に向かってザビザビと縞模様が入り、MacBook 亀田縞Editionみたいになっている。
 


パソコンを閉じて、考える。
何故こんなにも、亀田縞についての思いを書くのが難しいと感じるのか。

ヒッコリーに入社して一年目の頃も、亀田縞のパンツの使い方を紹介する記事の作成や、亀田縞の展示を任されたことがあった。入って2、3ヶ月経ったばかりの頃だったと思う。当時は同期と二人で、亀田縞の歴史や背景について右も左も分からないまま、まだ扱いに慣れていないカメラを片手に海へ、川へ、新潟市内の町中へパンツの着用写真を撮影しに駆けずり回った。どうすれば見た人に亀田縞を使ってみたいな、履いてみたいなと興味を持ってもらえるだろうかと、手探りでがむしゃらに試していた。
【亀うささんぽ展】と名付けた展示では、写真をバックにシーンごとに亀田縞のパンツのキャッチコピーを考え、タペストリーのような布ポスターを複数枚作りパンツと一緒に並べて展示した。そういえばあの時は、パンツを身につけた同期をモデルに撮影した写真を見ながら、キャッチコピーをうんうん唸って考えるのがすごく楽しかった。そのことを思い出して、数年ぶりに展示で使用したポスターのデータを見返してみる。
 


まだ何も分かっていなかった当時の知識や理解なりに、亀田縞の風通しの良さや軽さ、夏に履いた時の気持ちの良さ、涼しさなどを表現しようとしている。初めて仕事で任された展示に心が躍って少し背伸びして書いたのが分かるけれど、それでも、今書き途中のエッセイよりもずっとのびのびとしている。
そして何より楽しそうだ。そうだ、楽しかった。同期と二人でお互いの自宅のクローゼットから洋服や小物を引っ張り出し、亀田縞のパンツに合わせたスタイリングを考えたのも、ここへ引っ越してから初めて海に触れる距離まで近づいたのも、撮影中のあの通り抜けていく風の涼しさや、肌に触れる心地よさが少しでも言葉で届くようにと書いては消してを繰り返し、夜な夜なコピーを推敲したのも、どれも大変さはあれど全部楽しくて良い思い出になった。

それなら、どうして今はこんなにも難しい?
この船を漕ぐ手は重い?

一年目の頃に作ったポスターを見て分かった。それは多分、亀田縞について知ったことが、この数年でたくさん増えたからだ。 郷土資料館に赴いたり、記事を読んだりして歴史について学んだ部分も大きいが、一番は亀田縞に携わるさまざまな人と会えたことだと思う。
二年前、亀田縞の生地を作られている中営機業さんのところへ見学に伺った。情報としてだけ 知っていた「三千本以上の色糸を織り上げる」という作業行程を、実際に目の当たりにして息を呑んだ。色見本をベースに、三千本以上の糸を一本一本、細い針金の小さな穴に手作業で通して織機に結び、正しく縞模様が出来上がるために一本もずれがないよう糸の配置を確認しながら織っていく。機械や道具の修理も、亀田縞の作り手である中林さんが一人で行う。中林さんにお話を伺い、作業場の中を行き来する職人としての背中を見た。こんなにも軽やかな生地なのに、私たちの手元に届くまで亀田縞と人々が辿ってきた歴史や、気の遠くなるような手間の数だけずしりと重みが乗ったように感じられた。
 


生地だけではない。見本帳を見ながら生地の柄を選んだあと私たちのお店に亀田縞の商品が並ぶまでに、縫製から刺繍からデザインまで多くの方々の真摯なお仕事があって、商品を届けるために関わってくださっているからこそ成り立っていることを知った。

お店にいらっしゃった亀田縞を気に入られて手に取ってくださるお客様も、私の中にこの数年で蓄積された亀田縞にまつわる思い出の一つだ。日々お店に立っていると、年代を問わず、亀田縞を手に取られた方が本当にさまざまな理由で、いろいろな場面や人を思い浮かべながら選んでくださるのを感じる。
パンツの履き心地を気に入られて柄違いでリピートしてお買い上げいただき、もうこれで三本目なんですよ、とお話ししてくださる方。
ウエストがゴムだから高齢になった母親でも楽に履けそうです、とパンツをご両親への贈り物にされる方。
母の日やご家族の誕生日などの記念日に、エプロンやクロスを包んで欲しいといらっしゃる方。
亀田の出身なんです、と思い出と一緒に亀田縞を持ち帰ってくださる方。
転勤で新潟を離れる会社の同僚や、退職する上司への贈り物にと真剣にハンカチやネクタイを選ばれる方。
春から地元で就職する息子が、亀田縞のネクタイを身につけたら仕事の会話のきっかけになると思って、と優しい表情で息子さんに電話しながら柄を選んでいるお母さん。

私も母の日や祖父の誕生日、家族や親戚への贈り物にたびたび亀田縞を選んだ。エプロンも、クロスも、ネクタイも、ハンカチも、新潟から離れた場所に住む家族は喜んで身につけてくれ、使ってるよと報告してくれている。

私自身はどうだったかというと、実は本音を言うと一番最初に亀田縞を見た時、その魅力にすぐにピンと来たわけではなかった。迫さんから「これがオリジナルブランドで作っている亀田縞の商品だよ」と亀田縞のパンツを見せてもらった時、生地の風合いの美しさや軽やかさに触れてこんな綿生地が新潟にはあるんだ、と関心は持ったものの、当時二十二歳だった私にとって、歴史 と伝統を感じさせる縞模様は、自分には何段階も背伸びをした大人な存在に感じられた。初めて見た時は、日常のシーンの中で亀田縞を使う、そういう自分ごととして結びつけるところまではできていなかった。
しかし、サンプルでいただいた亀田縞のパンツを履いてみたり、自分でも商品を購入したりして実際に使ってみると、想像していたよりも毎日の生活の中で、あ、見過ごしていただけで、こういうものがずっと欲しかったんだ、と実感できる場面は多かった。

例えば、自宅で家事をしていると、調理や水回りの場面において、手入れが楽で頑丈なふきんはいくらでも欲しいことに気がつく。軽く水洗いした皮付きの野菜や果物を拭く、洗った食器類をさっと置いて乾かす、オーブンや電子レンジから温めたものを取り出す、熱い鍋の蓋や取っ手を持つ、濡れた手をぱぱっと拭く……。キッチンペーパーに、食器拭き用の布巾に、ダスターに、鍋つかみに、タオルに……と、状況に応じて都度違うアイテムを咄嗟に判断して選ぶのはなかなかに手間がかかる。長く清潔に使うためには洗濯や漂白も必要だ。
亀田縞のクロスを使ってみてからは、こういう、乾きやすくて洗っても何回でも使える、丈夫で大判な、何役もこなせるマルチクロスを求めていたんだよなあ、と感激した。洗い物も料理もほとんど同時進行で行うことが多いからこそ、一枚で済むから迷わずさっと手に取れるのが余計に心強い。

例えば、旅行に行く時。一人で旅行に行くのは学生時代から変わらず好きだけれど、一番変化したのは荷物の内容だ。学生の頃は重たい荷物で足が棒になるまでガシガシと歩いていても平気だったが、年齢を重ねていくごとに、旅先ではとにかく身軽でいたいと思うようになった。
一人で温泉旅行に行くこともあるが、館内で宿泊客とすれ違う時、宿泊先に置いてある薄い浴衣だけでは心許ないと感じることが多く、最近はパジャマ兼室内着をパッキングに欠かさず入れるようにもなった。荷物に入れてもかさばらず、軽くて薄くて、そのまま宿内の移動やちょっとした外出もできる服。亀田縞のパンツはこんな場面でも役立ってくれる。

自宅に友人を招いて昼食を作っていた際に亀田縞のエプロンをつけていたら、友人から「そのエプロンあんまり見ない形しててかっこいいね」と言われたこともあった。うちで売ってるオリジナル商品だよ、と教えると、ヒッコリーってエプロンも作ってるんだ、と彼女は驚き、それから私に「似合ってる」と言った。
そうかな。似合っているだろうか。まだ自分には早いのかもとどこかで思っていた亀田縞が、気がつけば自分の暮らしの中にすんなりと馴染んでいた。

 

 

この数年で、亀田縞というものの歴史や作り手、その背景について、人を通して、自分で見聞きしたものを通して、少しずつではあるけれど知っていることは随分増えた。それに比例するように、私たちが作る亀田縞の商品を必要としている方にも、まだ知らない方にもきちんと届けたい、と思う責任感も増していった。
このエッセイもその一つだ。
亀田縞について興味を持ってくださっている方や愛用されている方、初めて知る方の手元に届く大切な情報の一つ。
なんて責任重大だろう、と思わず身構える。
カチコチに固まってしまい、キーボードの上で指が止まる。
大切なことを伝えたいときほど筆は重たくなる。

この数年の間で、思い浮かぶようになったことがもう一つある。
亀田縞の生地を自作し、亀田縞を使って生活していた三百年前の新潟の人たちが、もしこれらの光景を見たなら、と思うようになった。今でも亀田縞を作り、使い続ける人がいる、この景色を見てもらえたら。まさか三百年後も残っているなんてなあ、と喜んでくれるだろうか。こんな使い方があったのか、と驚いてくれるだろうか。私たちの時代にもあったらよかったね、と見慣れた生地が新鮮に目に映るだろうか。

改めて、タブレットに保存しておいた下書き途中の文章を読み返す。
それから三百年が経ち、さっきまでこの手で書いていた、緊張してもがきながら、なんとか整えて必死に綺麗に見せようとしている文章。
また数年後に、自分が、誰かが、読み返すかもしれない文章。

私は、消す。
最初は数文字、一文、
もう迷わず消す。
そうして、真っ白になった画面を前に、もう一度最初から書き始める。
亀田縞を作る人、伝える人、使う人、私を含めた亀田縞に携わるすべての人が、
三百年経った今、一番新しい亀田縞の歴史の続きにいる。
だから今の自分が知っている亀田縞を、素直に書けることを等身大で書いてみようと思った。

そうして書き直したものが、ここまであなたが読んでくださった文章である。

ヒッコリーと、亀田縞と、私と、あなたに向けて、この文章を書いている。
もうすぐ、書き終える。

最後に。
ヒッコリーの亀田縞のオリジナル商品の一つである、縞模様の美しさを生かした無地ハンカチに付けられたタグには、実は「日常を楽しもう」と書いてある。日常を楽しもう、Enjoy Nichijoは、ヒッコリーが掲げてきた活動コンセプトでもある。数種類あるヒッコリーの亀田縞ハンカチの中でも、この無地ハンカチのタグは私のお気に入りのポイントだ。
このメッセージのように、毎日の生活の中に、気がつけば手の届くところに亀田縞は存在してくれている。それはキッチンで、それはポケットやカバンの中で、鏡の中で、どこにでもあるありふれた場面の中で、でも目に映ると、気が引き締まったり、背筋が伸びたり、誰かや何かを懐かしく思ったりする瞬間をそっと添えてくれる。
そんな瞬間が、あなたの日常の中にもあったなら、とても嬉しい。

 

 

hickory03travelers 堀川真琴







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